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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)256号 判決 1998年3月04日

原告

馬渕郁子

右訴訟代理人弁護士

岡村親宜

玉木一成

被告

中央労働基準監督署長

古屋英明

右指定代理人

齋藤紀子

外五名

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告が原告に対し、平成八年八月九日付けでした労働者災害補償保険法による労災就学援護費を支給しない旨の処分はこれを取り消す。

第二  事案の概要

本件は、業務上の事由により死亡した、フィリピン共和国の国籍を有していた労働者の妻であり、労働者災害補償保険法(以下「労災法」という。)一二条の八第二項、一六条の二第一項に基づく遺族補償年金の受給権者である原告が、被災労働者の母国フィリピン共和国のシリマン大学に入学した子の学資の支弁のため、労災法二三条一項二号に定める労働福祉事業としての労災就学援護費の支給を申請したが、被告が平成八年八月九日付けで不支給決定通知をしたため、その取消しを求めた事案である。

一  法令等の内容

労働福祉事業としての労災就学援護費の支給に関する法令、通達及び要綱の内容は次のとおりである。

1  労災法

(一) 二三条一項二号

政府は、この保険の適用事業に係る労働者及びその遺族の福祉の増進を図るため、労働福祉事業として、次の事業を行うことができる。

二 被災労働者の療養生活の援護、その遺族の就学の援護、被災労働者及びその遺族が必要とする資金の貸付けによる援護その他被災労働者及びその遺族の援護を図るために必要な事業

(二) 二三条二項

前項各号に掲げる事業の実施に関して必要な基準は、労働省令で定める。

2  労災法施行規則

(一) 一条二項

労働者災害補償保険…(中略)…に関する事務…(中略)…は、労働省労働基準局長の指揮監督を受けて、事業場の所在地を管轄する都道府県労働基準局長…(中略)…が行う。

(二) 一条三項

前項の事務のうち、保険給付並びに労働福祉事業のうち労災就学等援護費…(中略)…の支給…(中略)…に関する事務は、都道府県労働基準局長の指揮監督を受けて、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長…(中略)…が行う。

(三) 四三条

法第二十三条第一項の労働福祉事業…(中略)…に要する費用及び同法による労働者災害補償保険事業の事務の執行に要する費用に充てるべき額は、第一号に掲げる額及び第二号に掲げる額の合計額に百十八分の十八を乗じて得た額に第三号に掲げる額を加えて得た額を超えないものとする。

(以下略)

3  昭和四五年一〇月二七日付け基発第七七四号「労災就学援護費の支給について」(以下「本件通達」という。別紙に労働省編・労働法規総覧から引用した全文を掲記する。)

(一) 「二 支給対象」

(1) 援護費の支給を受ける者は、「労災就学等援護費支給要綱」(以下「要綱」という。)3に掲げる者である。すなわち、援護費の支給を受ける者は、本人が在学しているか被災労働者の子であって在学している者と同一生計にある障害補償年金、遺族補償年金又は傷病補償年金の受給権者自身である。学校に在学している者であっても、その者が障害補償年金、遺族補償年金又は傷病補償年金の受給権者でなければ、その者は援護費の支給を受ける者ではないことに留意されたい。

(中略)

(4)イ 援護費は、学校教育法第一条に定める学校(幼稚園及び通信制のものを除く。)…(中略)…に在学する者(以下「在学者」という。)がある場合に限って支給するものである。(以下略)

(二) 「6 手続」

(1) 援護費の支給は、要綱(注。後記本件要綱のこと。)7の(1)ロに掲げる書類その他の資料を添えて提出された「労災就学等援護費支給変更申請書」…(中略)…により、所轄署長が支給決定をして行う。(以下略)

4  「労災就学等援護費支給要綱」(以下「本件要綱」という。別紙に労働省編・労働法規総覧から引用した全文を掲記する。)

(一) 「3 支給対象者」

(1) 労災就学援護費

労災就学援護費は、次に掲げる者に支給する。(以下略)

イ 遺族補償年金を受ける権利を有する者(以下「遺族補償年金受給権者」という。)のうち、学校教育法(昭和二二年法律第二六号)第一条に定める学校(幼稚園及び通信制のものを除く。)…(中略)…に在学する者…(中略)…(以下「在学者等」という。)であって、学資等の支弁が困難であると認められもの。

ロ 遺族補償年金受給権者のうち、労働者の死亡の当時その収入によって生計を維持していた当該労働者の子…(中略)…で現に在学者等であるものと生計を同じくしている者であって当該在学者等に係る学資等の支弁が困難であると認められるもの。(以下略)

(二) 「6 欠格事由等」

(1) 労災就学援護費

イ (略)

ロ 在学者等について、特に労災就学援護費を支給することが適当でないと認むべき事情がある場合には、その事情のある月については、労災就学援護費を支給しないものとする。(以下略)

(三) 「7 手続」

(1) 労災就学援護費

イ 労災就学援護費の支給を受けようとする者は、「労災就学等援護費支給変更申請書」…(中略)…を業務災害に係る事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長…(中略)…に提出しなければならないものとする。

ロ イの申請書には、次に掲げる書類その他の資料を添えなければならない。

(略)

ホ 所轄署長は、イ…(中略)…の申請書を受けとったときは、その内容を検討のうえ、支給、不支給又は変更の決定を行い、その旨を「労災就学等援護費支給変更・不支給通知書」…(中略)…により申請者に通知する(以下略)。

(四) 「8 支払」

(1) 労災就学援護費

イ (略)

ロ 労災就学援護費の受給者は、所轄署長に対して毎年五月に「労災就学等援護費支給対象者の定期報告書」…(中略)…(この場合において在学証明書(高等学校以上の在学者に限る。)…(中略)…及び受給者と在学者等との同一生計関係を証明する書面を添付すること。)を提出しなければならないものとする。(以下略)

二  前提となる事実

原告の夫であった亡クインテイン・K・カンラス(以下「被災者」という。)は、インテコ・ジャパン株式会社に海事鑑定人として勤務していたが、昭和六三年七月三日午前〇時三〇分ころ、帰宅途中のJR秋葉原駅構内で倒れ、救急車で搬送された駿河台日本大学病院において、同日午後二時ころ、「虚血性心疾患」により死亡した。

原告は、同年一一月二二日、被告に対し、被災者の死亡は業務上のものであるとして、労災法に基づき、遺族補償給付及び葬祭料等の支払を請求した。被告は、平成二年三月三〇日付けで、被災者の死亡は業務上のものであるとして、遺族補償給付及び葬祭料等の支払を行う旨の支給処分を行い、同処分の通知は、その後原告に到達した。その結果、原告は遺族補償年金を受ける権利を有する者(遺族補償年金受給権者)となった。

原告は、平成五年六月二九日、被告に対し、当時東京都立松原高校三年に在学中の次女マドナのために、労災法二三条一項二号及び本件通達に基づき、労災就学援護費支給申請書を提出した。被告は、原告に対し、マドナが高等学校等に在学し、原告の同女に対する学資の支弁が困難であると認められるものとして、労災就学援護費を支給する旨の決定を行い、以後、同援護費を支払った。

原告は、平成六年四月、東京都立練馬高等保育学院(高等専門学校)に入学したマドナのために、「労災就学等援護費支給対象者の定期報告書」を提出した。被告は、原告に対し、マドナが大学等に在学し、原告の同女に対する学資の支弁が困難であると認められるものとして、労災就学援護費を支給する旨の決定を行い、以後、同援護費を支払った。

原告は、平成八年五月二〇日、被告に対し、マドナが被災者の母国フィリピン共和国のシリマン大学に入学予定であり、在学証明書の提出が遅延する旨の遅延願い書を添付して「労災就学等援護費支給対象者の定期報告書」を提出した。その後、マドナは、同年六月、右大学に入学した。原告は、同月二五日、被告に対し、右大学の在学証明書を送付した。被告は、これに対し、同年八月九日、右大学は「学校教育法第一条に定める学校等でないため。」との理由で、労災就学援護費を支給しない旨の決定を行い、原告に対しその旨通知した(以下「本件決定」という。)。

(以上は、当事者間に争いのない事実及び弁論の全趣旨により認めることができる。)

三  争点

1  本件決定は、行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるか。

2  シリマン大学は、本件通達2(1)及び(4)イ並びに本件要綱3(1)ロが定める「学校教育法第一条に定める学校」に当たるか。すなわち、右「学校教育法第一条に定める学校」は日本国内の学校に限るか、それとも外国の学校も含むか。

3  右2で「学校教育法第一条に定める学校」が日本国内の学校に限られるとした場合、本件通達2(1)及び(4)イ並びに本件要綱3(1)ロは、憲法一四条に違反するか。

四  争点についての当事者の主張

1  本件決定は、行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるか。

(一) 被告の主張

(1) 行政事件訴訟法三条二項に定める抗告訴訟の対象となる行政庁の処分とは、公権力の主体たる国又は地方公共団体の行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められている行為をいう。行為の公権力性は法律の根拠があって初めて備わるものである。

(2) 労災就学援護費は、労災法二三条の定める労働福祉事業により支給される給付金の一種と考えられるところ、同条は、政府が労働福祉に関する各種事業を行うことができ、その実施に関して必要な基準は省令に委任すること等を規定しているにすぎず、給付金の内容、金額、支給要件、支給手続等について何らの定めもしていない。そして、省令である労災法施行規則一条三項も、事務の所轄を規定するのみで、支給の要件、手続等を一切決めておらず、所轄以外はすべて労働省の通達及びそれに基づく本件要綱によって運用されている。したがって、法的拘束力ある法律及び省令には労災就学援護費の支給を申請することができる地位に権利性を付与するような規定はない。通達は、原則として、法規の性質を持つものではなく、上級行政機関が関係下級機関及び職員に対してその職務権限の行使を指揮するために発する行政組織内部における命令にすぎない。したがって、これらの者がその通達に拘束されることはあっても、一般の国民は直接これに拘束されるものではなく、このことは、通達の内容が法令の解釈や取扱いに関するもので、国民の権利義務に重大な関わりを持つようなものである場合においても別段異なるところはない。労災就学援護費の支給手続等を定めた本件通達及び本件要綱は、専ら労災法の目的に沿った労働福祉事業を実施するに当たり、恣意的差別を排し、画一的かつ統一的に取り扱い、公平を期するために行政機関内部の判断基準として設けられたものにすぎず、この基準を満たしたからといって、被災労働者の遺族らに具体的権利を付与する趣旨のものではない。

(3) 労災就学援護費の支給は保険給付と異なり、政府が労災法の目的に従い、専らその自由裁量によって決するところにゆだねられており、法的に実施を義務付けられる性質のものでないから、法律上被災労働者の遺族等に具体的権利として給付金請求権が認められているものではない。

そもそも、労災法二三条による労働福祉事業は、給付事業も含めてすべて公権力の行使として運営するのになじまず、専ら政府の自由裁量に基づく非権力的な事務として扱うのが適当であるという立法者の判断によるものと解され、政府に対して労働福祉事業の実施を義務付けたり、国民に対して具体的権利を付与したものとは解されない。そして、政府が労働福祉事業の一環として一定の給付を行う場合にも、いかなる場合に、どのような対象に、どのような内容、水準の給付を行うかについては、運営上の便宜を考慮し、政府が労災法の目的に従い自由な裁量によって決するところにゆだねられていると解される。労災就学援護費の支給は、本来の意味で権力支配の性質を有せず、政府が保険者たる地位に基づいて行う一種の恩恵的なサービスであると解するのが相当であって、行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」と解することはできない。

(4) また、保険給付については、これに不服がある場合に特別の審査手続が法定されているのに対し、労災就学援護費の支給についてはそのような定めがないことからしても、これが被災労働者の遺族らに権利として保障されているものではないことが明らかである。

(5) よって、本件訴えは不適法であり却下されるべきである。

(二) 原告の主張

(1) 労災法一条は、被災労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、適正な労働条件の確保等を図り、もって労働者の福祉の増進に寄与することを目的とすると定めているから、同法二三条は、右目的を実現するために、同条一項各号に定める労働福祉事業を行うことを政府に義務付ける趣旨と解するのが相当である。したがって、同条の趣旨に照らせば、労働福祉事業は政府に全くの自由裁量を与えた非権力的なサービスではなく、政府が行う公権力の行使と解するのが相当である。

仮に、労災法二三条が、政府にどのような労働福祉事業を行うかについて一定の裁量を認めているとしても、いったん、労災就学援護費等の給付金の内容、金額、支給要件、支給手続等の支給制度が定められれば、政府は、右制度により、支給、不支給を決定することになり、この行為は、相手方の意思いかんにかかわらず、一方的に意思を決定し、その結果につき相手方の受忍を強制するという実質を有するから、まさしく行政庁の公権力の行使に該当するものというべきである。

(2) 労働福祉事業は、保険給付と並んで労災保険制度の主要な部分を形成している労災保険の付帯事業であり、その費用も一部少額の国庫補助金を除いて、事業主の負担する労災保険料(付加保険料)によって賄われている。そして労災就学援護費は、労働福祉事業の中でも、本来は保険給付の一部として支給され、特別支給金と共に、将来において保険給付に組み入れられるべきものであり、保険給付と同一の法的性格を有すると解すべきである。したがって、労災就学援護費の支給、不支給に関する決定についても、行政事件訴訟法三条二項の「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とされている保険給付の支給、不支給に関する決定と同一に取り扱うべきである。

(3) 行政処分の取消訴訟は、行政処分によって保護に値するほどの不利益な影響を受けた者がその回復を求めるために行政処分の客観的違法を追求するものであるから、客観的に違法な行政処分によって裁判上の保護に値する程の不利益を受けた者は広く当該処分の取消しを求めて提訴することができると解すべきである。マドナは、都立練馬高等保育学院に在籍していた際には、被告から労災就学援護費の支給を受けていたのに、シリマン大学に進学すると、同援護費を不支給とする憲法一四条に違反する処分を受けたのであるから、同女が裁判上の保護に値する程の十分な不利益を受けた者に該当することは明らかである。

(4) 仮に、行政処分の取消しの訴えを提起するためには、行政庁の行為が原告の権利ないし法律上の利益に対し直接影響を及ぼすものでなければならないと解したとしても、原告は、本件において、法律上、労災就学援護費の支給を求める具体的な請求権を有しているものであり、同援護費の不支給処分が原告の権利ないし法律上の利益に対し直接影響を及ぼすものであることは明らかである。

労災法は、同法一条に定める被災労働者及びその遺族の援護等の目的を実現するために、政府が労働福祉事業を行うことを定め、同法二三条二項は、同条一項各号に掲げる事業実施に必要な基準は労働省令で定めると規定し、これを受け、本件通達が定められている。

本件通達は、被災労働者及びその遺族の労災就学援護費の支給対象、支給額、支給期間、欠格事由、手続、支払方法等について定めている。被災労働者及びその遺族は、本件通達に従って申請しなければならない。これに対し、労働基準監督署長は、所定の支給要件を具備しているか確認する。支給要件を具備していると確認されれば被災労働者には具体的な援護費支給請求権が発生し、逆に具備しないと確認されれば右請求権が否定される。これはまさに労働基準監督署長がその優越的地位に基づいて一方的に行う公権的判断であり、又その性質上その自由裁量にゆだねられたものということはできないものというべきである。すると、本件通達及び本件要綱は、行政組織内部における下級行政庁に対する命令たる性質にとどまらず、国民の権利義務を拘束する法規たる性質を有しており、労災法二三条は、これらの規定とあいまって被災労働者及びその遺族に労働福祉事業に伴う利益を享受し得る地位を付与しているものであって、労働基準監督署長の地位や権限及び申請者の援護費支給請求権はいずれも法律上のものであると解するのが相当である。

(5) 被告は、保険給付については、これに不服がある場合には特別の審査手続が労災法三五条一項で法定されているのに対し、労災就学援護費の支給についてはこのような定めがないことをもって、被災労働者の遺族に同援護費の支給を受ける権利は保障されていないと主張する。

しかし、行政行為に対する不服については、特に労災法に不服申立手続を定めない限り、一般法である行政不服審査法が適用されるのであるから、被告主張のように特別の審査手続の定めの有無だけをもって、労災就学援護費の不支給について、行政処分の取消しの訴えが提起できないと解するのは相当でない。

2  シリマン大学は、本件通達2(1)及び(4)イ並びに本件要綱3(1)ロが定める「学校教育法第一条に定める学校」に当たるか。すなわち、右「学校教育法第一条に定める学校」は日本国内の学校に限るか、それとも外国の学校も含むか。

(一) 被告の主張

労災就学援護費の支給事業は、労災法二三条に定める労働福祉事業の一環として、業務災害又は通勤災害により死亡し、重度障害を受け又は長期療養を要する被災労働者の子弟のその後の就学状況及び保育の状況、労災遺家族等の就労状況、これらの者の要望などにかんがみ、業務災害又は通勤災害による長期療養者、重度障害者及び遺家族に対して被災労働者の子の就学を援護するために支給するものであり、これによりその子の教育の機会均等を確保するものである。したがって、右援護費支給の趣旨にかんがみ、被災労働者に当該労働災害が発生しなかったならばその子が社会一般的に見て通常享受し得るであろう学校教育に要する費用の範囲内で援護を行うことが適当であり、これによりその子の教育の機会均等が確保されると解される。

ところで、学校を、ある教育目的を達成するために計画的かつ継続的に教育を行うに必要な人的・物的要件を備えた施設として理解するならば、実質的に学校教育という形態をとるものは、社会に多く存在する。一方、国は、憲法二六条に基づく教育の機会均等を期すべき責務を負っているところ、これを実現するためには、学校教育制度を整備する必要があり、同制度の中で、憲法(特に二六条)の精神に基づく教育が教育内容に具体化されているか否か確認していかなければならないものである。そこで、憲法の精神に基づく教育を学校教育の制度と内容において具体化し、よって国民の子女の教育の機会均等を実質的に確保させるために制定されたのが学校教育法である。そして、同法一条及び同法八二条の二において規定する学校及び専修学校についてのみ、いわば正規の学校としての法的地位を与え、同法その他の法令で規定される条件を充足することを要求し、同法の目的である教育の機会均等を実現しようとしているのである。このことから学校教育法の定める学校についてのみ、国は憲法の精神に基づく教育が安定的に確保され得ることを認識しうることになるのである。以上のような学校教育法の立法趣旨を考慮すれば、労災就学援護費の支給対象を学校教育法に規定する学校に在学する者等に限ることには合理性がある。

ところで、学校教育法一条にいう「学校」につき、同法二条及び三条の規定が適用されることは法律の構成上当然であるから、学校教育法上の学校とは、同法の各条項の条件を充足し、公の性質を持つ正規の学校としての法的地位を与えられた学校教育法一条に定める学校を意味しているというべきである。

したがって、外国の大学であるシリマン大学は、学校教育法一条及び二条の趣旨に照らして、同法一条等に定める「学校」に当たらないというべきであり、本件決定は適法である。

(二) 原告の主張

本件通達及び本件要綱は、「学校教育法第一条に定める学校」と規定し、「学校教育法上の学校」とは規定せず、同法二条や三条を引用していない。

本件通達及び本件要綱に定める「学校教育法第一条に定める学校」とは、日本の学校であるか否かを問わず、同条が「学校」につき定義する「小学校、中学校、高等学校、大学、高等専門学校、盲学校、聾学校、養護学校及び幼稚園」のうち、幼稚園及び通信制のものを除くすべての種類の「学校」を指し、右各学校と同一種類、同等程度の実質を有する学校に在学する者が労災就学援護費の支給対象となるものと解するのが相当である。このような解釈は、人種、信条等による差別を禁止する憲法一四条、国籍のいかんを問わず内外人平等に「すべての者」に平等に教育を受ける権利を有すると定める「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約」(昭和五八年条約第六号)一三条に合致し、また、労災年金受給権者又はその子供が安心して学業を続けたり、保育を必要とする児童を抱える労災年金受給権者又はその家族の就労を促進し、被災労働者及びその遺族等の援護を図るという労災就学援護費の支給目的に沿うものである。

仮に、労災就学援護費の支給制度が、死亡労働者の遺族や重度障害者の子弟の教育の機会均等を図る趣旨の制度であるとすれば、労災法が保障の対象とする労働者の遺族や子弟の機会均等を図らなければならないものというべきであるところ、労災法は日本国民に限らず外国人を含む日本の事業場において働く労働者全体を保障の対象としているのであるから、日本国民に限らず外国人を含めて教育の機会均等を図るべきものであって、日本国内の学校に限らず、より広く外国の学校も対象として労災就学援護費を支給すべきものというべきである。

すると、マドナは、フィリピン共和国のシリマン大学に在学する者であるが、右大学は、日本の学校教育法一条が定める「大学」と同一種類、同等程度の実質を有する学校であり、右学校教育法一条に定める学校に該当する。したがって、マドナの在学するシリマン大学が「学校教育法第一条に定める学校等でないため。」を理由とする本件決定の処分は、違法である。

3  本件通達2(1)及び(4)イ並びに本件要綱3(1)ロが定める「学校教育法第一条に定める学校」が日本国内の学校に限られるとすることは、憲法一四条に違反するか。

(一) 被告の主張

前述したとおり、労災就学援護費は、労働福祉事業の一環として、業務災害又は通勤災害により死亡し、重度障害を受け、又は長期療養を要する被災労働者の子弟のその後の就学状況及び保育の状況、労災遺家族等の就労状況、これらの者の要望などにかんがみ、業務災害又は通勤災害による長期療養者、重度障害者及び遺家族に対して、被災労働者の子の就学を、費用の面で援護し、憲法の精神に基づき、その子の教育の機会均等を確保するために支給されるものである。

そして、労災就学援護費の支給事業は、事業主が負担する労働保険料によって運営されている労働福祉事業として実施されているものであることから、その支給対象については、被災労働者に当該労働災害が発生しなかったならば、その子が社会一般的に見て通常享受し得るであろう学校教育に要する費用の範囲内で援護を行うことが適当であるとされたものである。このような観点から、労災就学援護費の支給対象については、学校教育法に規定する学校に在学する者等に限ることとし、具体的には「学校教育法(昭和二二年法律第二六号)第一条に定める学校(幼稚園及び通信制のものを除く。)及び同法第八二条の二に定める専修学校に在学する者」等としているものである。すると、学校教育法に規定する「学校」等に限るとする取扱いは、労災就学援護事業の目的、性格から見て合理的なものであり、憲法一四条に違反しない。加えて、各国の教育制度は、各国の教育に対する考え方、国情等により千差万別であり、何をもって学校教育法一条の学校と実質的に同一というのかは判断できない。仮に外国の学校もその支給対象とすると事務処理の渋滞、恣意的な支給による不公正等、労災就学援護事業に重大な支障を及ぼす結果ともなりかねないのである。

したがって、シリマン大学は、学校教育法一条の学校に該当せず、本件決定は適法であるから、原告の請求は理由がなく棄却されるべきである。

(二) 原告の主張

労災就学援護費の支給制度は被災労働者の子の就学を援護することを目的として設けられた制度であり、その子の教育の機会均等の確保にとどまらず、就学援護の必要性を基準とし、労災事故や職業病で被災した労働者の子により広範囲の就学援護を実現することを制度趣旨としていると解すべきである。右制度は被災労働者の子の教育の機会均等を確保する趣旨を含み、国民の子女の教育の機会均等を確保する趣旨でなく、日本国民以外の外国人であっても、労働者として労災事故に遭ったり職業病に罹患すれば、労災補償制度により補償が与えられることは争いがなく、労災福祉事業である労災就学援護費も外国人に対して平等な補償が与えられなければならない。

したがって、本件通達及び本件要綱が定める「学校教育法第一条に定める学校」が、日本の学校教育法により日本の幼稚園及び通信制のものを除く日本の学校のみを指すとすれば、これは日本の学校教育法が定める学校と同一種類の外国の学校に在学する者は社会一般的に見て通常享受し得るであろう学校教育を受けることができなくなり、日本において稼働し労働災害に遭遇し労災保険の給付を受けることになった外国人労働者に対し、憲法一四条が禁止する不合理な差別を行うものであって、その限度において憲法一四条に違反し無効というべきである。

したがって、本件決定の処分は取り消されるべきである。

第三  争点に対する判断

一  本件決定は、行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たるか。

1  「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」について

行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、「公権力の主体たる国または公共団体が行う行為のうち、その行為によって、直接国民の権利義務を形成しまたはその範囲を確定することが法律上認められているもの」をいうものと解される(最高裁昭和三〇年二月二四日第一小法廷判決民集九巻二号二一七頁及び最高裁昭和三九年一〇月二九日第一小法廷判決民集一八巻八号一八〇九頁)。

行政庁の行為が法律の規定に基づき直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することとなる場合には、国民をして、右行為に伴ういわゆる公定力を排除して原状回復することを可能ならしめ、憲法三二条が国民に対して保障する裁判所において裁判を受ける権利が侵害されることのないようにしなければならず、右行為を対象とする取消訴訟制度を設けることが必要不可欠である。行政事件訴訟法は、このような見地から「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」の取消訴訟制度を設けたものと解するのが相当であるから、取消訴訟の対象となる行為の要件も右のように解するのが相当である。

本件の労災就学援護費の給付のように、行政庁が行う給付については、法制上その形態は一様ではなく、国家公務員災害補償法が災害を受けた職員に災害補償請求権を付与しているように、法律に定める要件に客観的に該当する事実があれば、給付を受ける者に当然に給付請求権が付与される場合、後述するように、労災法が業務災害に関する保険給付について定めているように、行政庁の処分を待って初めて給付を受けるべき者に当該給付が行われることとされている場合、そのいずれでもなく、一定の要件を満たして契約関係に立つ当事者間で契約上の義務の履行として給付が行われることとされている場合がある。これらのうち、法令上、行政庁の処分を待って初めて給付を受けるべき者に当該給付が行われることとされている場合においては、当該処分は、法律に基づき国民の権利義務に直接影響を及ぼすべきものということができ、取消訴訟の対象となる。このように、行政庁が行う給付が右のいずれの場合であるかによって、当該給付に係る処分が取消訴訟の対象となるか否かが区別される以上、本件においても、労災就学援護費の支給が右のいずれの場合に当たるのか検討する必要がある。そして、行政庁が行う給付について右のいずれの場合に当たるかについては、当該給付の根拠法規の文言、趣旨、支給通知の規定の有無、不服申立てに関する規定の有無及び内容等を検討して判断すべきである。

ところで、労災就学援護費の給付は、労災法二三条一項二号所定の「被災労働者…(中略)…の遺族の就学の援護…(中略)…を図るために必要な事業」として行われるものであるが、労災法は、右の事業だけでなく、災害補償に関する保険給付についても定めているのであり、むしろ災害補償に関する保険給付に関する規定がその本体をなす(一条)。そこで、まず、災害補償に関する保険給付についての法令の規定を検討する。

2  災害補償に関する保険給付について

(一) 労働基準法は、七五条から七七条まで、七九条及び八〇条において、労働者が業務上負傷し、疾病にかかり、障害が残り、又は死亡した場合に、使用者は、療養補償、休業補償、障害補償、又は遺族補償を行い、葬祭料を支払わなければならない旨規定し、民法による損害賠償請求権とは別に、使用者に災害補償責任を課し、労働者に災害補償請求権を付与している。

(二) 労災法は、労働基準法の定める災害補償責任を填補する労働者災害補償保険を定め、必要な保険給付を行うこととしている。労働基準法に規定する災害補償の事由について、労災法…(中略)…に基づいて労働基準法の災害補償に相当する給付が行われるべきものである場合には、使用者は、補償の責めを免れる(労働基準法八四条一項)。

労災法は、労働基準法よりも保険給付の内容を拡充しているが、そのほか、労働基準法によっては業務上災害と認められていない通勤による災害についても保険給付を行う旨定め、その保険給付として療養給付、休業給付、障害給付、遺族給付、葬祭給付及び傷病年金を定めている(同法七条一項二号、二項、三項、二一条以下)。

労災法は、業務災害に関する保険給付の手続につき、労働基準法七五条から七七条まで、七九条及び八〇条に規定する災害補償の事由が生じた場合に、補償を受けるべき労働者若しくは遺族又は葬祭を行う者に対し、その請求に基づいて行う旨を定め(労災法一二条の八第二項)、業務災害に関する保険給付について必要な事項は、労働省令で定めることとして労働省令に委任している(労災法二〇条)。労災法施行規則(労働省令)は、労働者災害補償保険に関する事務は、労働省労働基準局長の指揮監督を受けて、事業場の所在地を管轄する都道府県労働基準局長が行い、当該事務のうち、保険給付…(中略)…に関する事務は、都道府県労働基準局長の指揮監督を受けて、事業場の所在地を管轄する労働基準監督署長が行うこととし(労災法施行規則一条二項、三項)、保険給付を受けようとする者は所定の事項を記載した請求書等を所轄労働基準監督署長に提出しなければならないことを定め(労災法施行規則一二条から一三条まで、一四条の二、一四条の三第二項、一五条の二から一五条の四、一六条、一七条の二、一八条の二第二項、一八条の三の五第二項)、所轄労働基準監督署長は、保険給付に関する処分を行ったときは、遅滞なく、文書で、その内容を請求人、申請人又は受給権者若しくは受給権者であった者に通知しなければならないと定めている(労災法施行規則一九条)。

労災法及び同法施行規則は、通勤による災害についても、保険給付及びその手続について定めている。

そして、労災法三五条及び三七条は、以上の保険給付に関する決定に対する不服申立て及びこれと保険給付に関する決定(処分)の取消しの訴えとの関係について定めている。

(三) 以上によれば、労働基準法が業務上災害につき労働者、遺族等に災害補償請求権を付与し、労災法及び同法施行規則は、これを受けて右業務上災害に関する保険給付の内容及び手続を定めているほか、通勤による災害につき労働者、遺族等に保険給付を行うこととし、保険給付の内容及び手続を定めていること、労災法及びその委任を受けている同法施行規則は、業務上災害及び通勤による災害に関する保険給付について、所轄労働基準監督署長が行政処分としての保険給付に関する決定をすることによって右保険給付を行うことと定めていることが明らかである。

右各保険給付は、その内容、実質にかんがみると、労働基準法が付与している災害補償請求権に直結するものに限らず、これと深く結び付いて一体をなすものであり、右各保険給付を受けるべき地位は国民の法的地位に当たるということができるから、所轄労働基準監督署長が行う右各保険給付に関する決定は、これを行政処分として取消訴訟の対象とすることが必要である。労災法は右のような見地から前記のとおりに定めているものと解するのが相当である。

3  労災就学援護費の給付について

労災就学援護費の給付については、労災法は、二三条一項において「政府は、この保険の適用事業に係る労働者及びその遺族の福祉の増進を図るため、労働福祉事業として、次の事業を行うことができる。」と規定し、二号において「被災労働者…(中略)…の遺族の就学の援護…(中略)…を図るために必要な事業」を掲記し、同条二項において「前項各号に掲げる事業の実施に関して必要な基準は、労働省令で定める。」と規定しているにとどまるが、右規定によれば、労災就学援護費の給付は、業務上災害に関する保険給付に含まれるものではなく、それに付帯する労働福祉事業として給付が行われるものであることが明らかである。

乙第一号証、第五号証によれば、労災就学援護費は、労働者災害補償保険審議会が、労働大臣に対してした昭和四四年八月二七日付け「労働者災害補償保険制度の改善についての建議」において、「労災遺児に対する援護施設の拡充改善等について検討すること」を指摘したことを受けて、各種調査等による死亡労働者の子弟の就学状況の実態及び遺家族等の要望並びに国家公務員、地方公務員に類似の制度が設けられていることなどを勘案して、労災法二三条の保険施設(昭和五一年七月一日以降は労働福祉事業)として設けられたものであり、その支給要件を満たす者で申請のあったものに支給され、返還を要しないものとして構想されたものであることを認めることができる。

右の点を踏まえ、さらに、国家公務員災害補償法二二条一項二号、「災害を受けた職員の福祉事業」(人事院規則一六―三)一五条から一八条まで、「補償及び福祉事業の実施」(人事院規則一六―四)二二条の一〇、二二条の一一、国家公務員災害補償法二四条、同法二五条、「災害補償の実施に関する審査の申立て等」(人事院規則一三―三)、地方公務員災害補償法四七条二号、同法四八条、地方公務員災害補償法施行規則三八条一〇号、三九条、四〇条と対比して検討すると、労災法二三条一項二号は、それ自体では、労働福祉事業として、被災労働者の遺族の就学の援護を図るために必要な事業を行うことができると定めているにとどまるが、事業の内容として就学援護金を支給することを想定しており、これを実施するために、同条二項により労働省令に当該事業の実施に関して必要な基準を定めることを委任しているものであって、同条二項は、その趣旨及び文言に照らして考えると、労働省令に労災就学援護金の支給のために必要な実体上の要件及び金額等の内容並びに事務処理上の実施の細則を定めることを委任しており、かつ、委任の限度は右にとどまるものと解するのが相当である。したがって、労働省令において、労災就学援護金の支給の実体上の要件及び金額等の内容を具体的に定めて要件に該当する者に支給を受ける請求権を付与することとすることは委任の範囲内であるし、あるいは贈与契約として支給を行うこととし、その支給の要件及び内容の骨子だけを定め、詳細は通達によって定めることとすることも委任の範囲内であるが、行政庁が公定力を有する処分により支給に関する決定を行うこととしてその手続を定めることは労災法二三条二項の委任の範囲を超えるものと解するのが相当である。

労災法施行規則は、一条三項において事務の所轄を定め、同規則四三条において労働福祉事業等に要する費用に充てるべき額の限度を定めるが、労災就学援護費の支給の実体上の要件及び金額等の内容並びに事務処理上の実施の細則については何ら定めていないから、支給を受ける請求権を付与することとしているものではなく、贈与契約として労災就学援護費の支給を行うこととすることが相当であるとの政策を採ったものであり、国家公務員、地方公務員について類似する制度があるため、国家公務員災害補償法、人事院規則等の関連する規定を参酌すれば足りるとの立場から、労災法施行規則において支給の実体上の要件及び金額等の内容について何も定めなかったものと解するのが相当である。なお、労災法施行規則は、前記のとおり、労災法によって行政処分により支給を行うこととすることの委任を受けておらず、またそのような規定も何ら置いていない。

本件通達及び本件要綱は労災就学援護費の支給内容及び手続等を具体的に定めているが、その意義は右のとおりに解するのが相当であり、本件通達及び本件要綱を根拠に、本件決定に行政処分性を肯定することはできない。

なお、労災法の規定によれば、労災就学援護費の給付は、業務上災害に関する保険給付に含まれるものではなく、それに付帯する労働福祉事業として給付が行われることとされているのであり、その給付を受けるべき地位が、災害補償請求権と一体をなす法的地位に当たるということはできないから、労災就学援護費の給付に関する決定を行政処分として構成することを要するものということはできない。

4  以上によれば、本件決定は、直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものとはいえず、行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」には当たらないから、その取消しを求める原告の本件訴えは不適法というべきである。

5  原告の主張について

(一) 原告は、「労災法二三条は、同条一項各号に定める労働福祉事業を行うことを政府に義務付ける趣旨であり、労働福祉事業は政府が行う公権力の行使と解するのが相当である。仮に、労災法二三条が、政府にどのような労働福祉事業を行うかについて一定の裁量を認めていると解するのが相当であるとしても、いったん、労災就学援護費の給付について支給制度が定められた場合、政府は、労災就学援護費の支給について、相手方の意思いかんにかかわらず、一方的に意思を決定し、その結果につき相手方の受忍を強制するという実質を有する支給、不支給の各行為をなしており、これはまさしく行政庁の公権力の行使に該当するものというべきである。」と主張する。

しかし、行政庁が行う給付については、法制上その形態が一様ではなく、給付を受ける者に給付請求権が付与される場合、行政処分により給付が行われることとされている場合、契約上の義務の履行として給付が行われることとされている場合があることは既に述べたとおりであり、原告の主張するように、労災法二三条一項が政府に労働福祉事業の実施を義務付けているか否かによって公権力性、行政処分性の有無が一義的に決定されるわけではない。また、一方当事者の一方的な意思により法律関係が変動することに公権力性、行政処分性の本質があるわけではなく、その判断に公定力、不可争力を肯定すべきか否かによって公権力性、行政処分性の有無を判断すべきである。のみならず、本件通達及び本件要綱が、法律の委任に基づかずに、労災就学援護費の支給に関し国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものと解することはできず、労災就学援護費の不支給決定は、所定の手続によっては支給を受けられないという事実上の不利益を意味するにとどまる。よって、原告の右主張は理由がない。

(二) 原告は、「労働福祉事業は、保険給付と並んで労災保険制度の主要な部分を形成している労災保険の付帯事業であり、その費用も事業主の負担する労災保険料(付加保険料)によって賄われている。そして労災就学援護費は、労働福祉事業の中でも、本来は保険給付の一部として支給され、将来において保険給付に組み入れられるべきもので、保険給付と同一の法的性格を有するから、その支給、不支給に関する決定についても、保険給付のそれらと同じく、行政事件訴訟法三条二項にいう行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為というべきである。」と主張する。

しかし、労災法上、労災就学援護費の給付が業務上災害に関する保険給付に含まれるものではなく、それに付帯する労働福祉事業として給付が行われるものであることは既に詳述したとおりであって、原告の右主張は理由がない。

(三) 原告は、「行政処分の取消訴訟は、行政処分によって保護に値するほどの不利益な影響を受けた者がその回復を求めるために行政処分の客観的違法を追求するものであるから、客観的に違法な行政処分によって裁判上の保護に値する程の不利益を受けた者は広く当該処分の取消しを求めて提訴することができると解すべきである。」と主張する。

しかし、行政処分によって保護に値するほどの不利益な影響とは具体的には何を指すのかその判断基準が不明確であるのみならず、行政処分の取消訴訟は公定力を有する行政処分の取消しを目的とするものと解するのが相当であって、原告の右主張は理由がない。

(四) 原告は、「本件通達は、被災労働者及びその遺族の労災就学援護費の支給対象、支給額、支給期間、欠格事由、手続、支払方法等について定めている。被災労働者及びその遺族は、本件通達に従って申請しなければならない。これに対し、労働基準監督署長は、所定の支給要件を具備しているか確認する。支給要件を具備していると確認されれば被災労働者には具体的な援護費支給請求権が発生し、逆に具備しないと確認されれば右請求権が否定される。これはまさに労働基準監督署長がその優越的地位に基づいて一方的に行う公権的判断である。すると、本件通達及び本件要綱は、国民の権利義務を拘束する法規たる性質を有しており、労災法二三条は、これらの規定と相まって被災労働者及びその遺族に労働福祉事業に伴う利益を享受し得る地位を付与しており、労働基準監督署長の地位や権限及び申請者の援護費支給請求権はいずれも法律上のものであると解するのが相当である。」と主張する。

しかしながら、本件通達及び本件要綱の定める支給手続等を根拠に、労働基準監督署長の支給に関する決定が、法律上、行政庁がその優越的地位に基づいて国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものといえないことは既に述べたとおりであり、原告の右主張は理由がない。

(五) 原告は、労災就学援護費の不支給について、これが行政処分に該当することを理由に、行政不服審査法が適用される旨主張するが、労災就学援護費の不支給は行政処分に該当せず、それ故に保険給付に関する決定についての不服申立ての特則である労災法三五条一項に相当する規定が設けられていないものと解するのが相当であり、原告の右主張は理由がない。

二  結論

よって、その余の点を判断するまでもなく、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙世三郎 裁判官三浦隆志 裁判官井上正範)

別紙<省略>

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